お手々つないで
「お母さん、散歩に行きますよ。」「ハイ、行きましょ、行きましょ。」 母はニコニコ、イソイソとついて来ます。
ルンビニーの門を出て、右に行こうか、左に行こうか。左に行けば、ケーキ屋さんの前を通り、川沿いをグルッと一周。みかんの花が咲き、青い実になり、黄金色に実る。コスモスの花が揺れて、白い鷺が飛び、汚い川の中にも魚の影があり、カイツブリの夫婦がプクンと顔を出す。四季の移り変わりを肌に感じながら、二人でつないだ手を握り、声を合わせて歌って歩きます。「お手々つないで、野道を行けば・・・」 「夕焼け小焼けで日が暮れて・・・」 母の十八番は「上を向いて歩こう」。もうほとんど歌詞は忘れてしまったが、一緒に歌うと美しい声で歌ってくれる。毎日のように歩いていると、犬の散歩をしている人や、ウォーキングをしている人と顔なじみになり会釈を交わす。母も丁寧に頭を下げている。
ルンビニーに入居する前からずっと続けている散歩は、母の徘徊を予防し、夜よく寝られるようにと始めた苦肉の策だったが、効果はともかく、母と私がつないだ手を通して、肌の温もりを感じ、二人でいる時を大切に過ごすという点では、なくてはならない時間のようである。寒い間は、その散歩もお休みしているが、室内の長いソファに、電線の雀のように皆でギッシリ座って、歌いましょ、歌いましょう。スタッフ手作りの歌詞カードを繰りながら、次から次から声を合わせ、楽しく歌います。そのうち、台所からは、夕食の暖かでおいしそうな匂いが漂ってきて、笑い声の絶えない、とても和やかな雰囲気です。「母さんお肩をたたきましょ・・・」「春よ来い、早く来い・・・」。
これから先も、母が安心して、心穏やかに1日1日大切に過ごして行けるよう、人間味溢れる個性豊かな優しいスタッフ達と、心を合わせて、母を支えて行きたいと思っています。
「母さん、大丈夫よ。私や、スタッフの皆さんや、それにお仲間も、側に皆いるからね。暖かくなったら、また一緒に歩きましょうね。」
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