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| 痴呆患者の進化
医療法人ビハーラ 藤原胃腸科 藤原 壽則 |
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先月の「ルンビニーだより」でお話した前頭側頭型痴呆の症例について最近学術誌「Neurology」に掲載された論文について今月はご紹介したい。
カリフォルニア大学サンフランシスコ校の神経学のB.L.ミラー教授らが専門誌(「Neurology」)に、前頭側頭葉痴呆が進行しているにも関わらず、芸術作品の発展を示したという興味ある画家の症例を発表している。以下、その概略を報告したい。
言語能力が創造性を阻害
痴呆が進行しているにもかかわらず、絵画の技法が進化したこの才能豊かな画家の例は、言語能力はある種の創造性には必ずしも必要でなく、むしろ阻害することさえあることを示唆している。
この女性は10代で中国から米国に移住し、大学で絵画を学んで高等学校の美術教師になった。西洋の具象的画法と中国の毛筆画法を結びつけ、洗練された作品で修士の学位を取得した。しかし、1986年に生徒の成績評価と授業計画の立案が困難になり、89年には痴呆が進行して学級の管理や生徒の名前を覚えることが困難になったため、52歳で退職した。
この症例は50歳代で発病することの多い、遺伝性のまれな痴呆である前頭側頭葉痴呆と診断された。この疾患では、前頭葉と側頭葉の脳細胞が失われるが、この症例では左前頭葉でのみ脳細胞が脱落していた。前頭葉は言語や行動計画、社会行動の組織化や調節における役割を果たしている。
形式的な束縛から開放される
同症例は発病する前、西洋式の水彩画法や東洋の古典的な画筆を用いて、風景画や肖像画を描いていたが、疾患が進行するにつれて、西洋と東洋の画法を融合するようになった。言語能力が低下するにつれて、絵法はより野性的となり、独創的となった。1990−93年にはきわめてパターン化された精巧な絵画を制作していたが、97年には男性ヌードの造形絵画12点からなる連作を描くようになった。絵画の訓練による形式的な束縛から解放されたと考えられる。彼女の初期作品は写実的ではなく、情動を強調した印象派スタイルに変化している。
彼女が絵画について語るときは、他の話題について話す時より自由奔放で、より自発的であった。
ミラー教授は別の前頭側頭葉痴呆の症例を報告しており、この症例では、以前は芸術の才能が認められなかったが、疾患の進行につれて美術に対する関心と才能を発揮するようになったと言う。
患者に対するアプローチが変化
ミラー教授は「通常の社会的、肉体的、認知的な制約を超える能力が芸術家の特徴である。前頭側頭葉痴呆患者の芸術的な才能の発現の重要な要因は、言語が支配する思考パターンからの開放にあると思われる。社会的な制約に関する前頭葉機能の開放が、この芸術家の後期の絵画において重要な役割を果たしている」と述べている。
同教授は「われわれは通常、痴呆患者では『何が悪くなったか』と考えることはあっても、『何が良くなったか』と考えることはない。今では患者が以前よりもよくできるようになったことはないか、と常に問いかけている。これは痴呆疾患に対する特筆すべき対応である」と述べている。
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| (Medical Tribune vol.30 no.30 2003.8.28より) |
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